大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)100号 判決

原告

(オランダ国)

シェル・インターナショネイル・リサーチ・マーチャッピイ・エヌ・ウイ

代理人弁理士

川原田幸

ほか一名

被告

特許庁長官

荒玉義人

指定代理人

米倉章

ほか一名

主文

特許庁が、昭和四十年五月十三日、同庁昭和三七年抗告審判第三五六号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、一九五八年十二月十五日のオランダ国出願による優先権を主張して、昭和三十四年十二月十四日、「カルボン酸の製造法」につき特許出願をしたところ、昭和三十六年十一月二十五日拒絶査定があつたので、昭和三十七年二月二十八日、これに対する抗告審判を請求(昭和三七年抗告審判第三五六号事件)したが、昭和四十五年五月十三日、「本件抗告審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年五月二十九日原告に送達された(訴提起のための期間は、同年九月二十八日まで延長)。

二  本願発明の要旨

反応は、反応体と液体触媒が連続的に供給される反応域内にて実施され、供給モノオレフィン式不飽和化合物への供給水のモル比率は一対一より多く、反応域内の液体反応混合物は攪拌により完全に、又は実質的に均質に維持され、反応混合物の組成は実質的に恒常にして、かつ反応混合物は連続的に反応槽から取り出されることを特徴とする分子当り炭素原子三個又はそれ以上を有するモノオレフィン式不飽和有機化合物、一酸化炭素および水から触媒として高度に酸性の液状無機化合物を使用して有機カルボン酸を製造する方法。

三  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、第一引用例(米国特許第二、〇二二、二四四号明細書、昭和十一年二月十八日特許庁資料館受入)には、プロピレン、プチレンのようなモノオレフィン式不飽和有機化合物と一酸化炭素を、燐酸糸あるいは硫酸系のような酸性の無機化合物を触媒として水に溶解させたものの存在下で、液相系で反応させて、相応するカルボン酸を製造する方法が記載されており、しかも、該方法が連続方式で遂行できる旨示唆されており、第二引用例(米国特許第二、〇一五〇六五号明細書、昭和十一年一月二十九日特許庁資料館受入)には、オレフィン一酸化炭素および蒸気を燐酸触媒の存在下で反応させて、カルボン酸を製造する際、蒸気すなわち水がオレフィン化合物に対して過剰に存在すると非常に好結果が達成される旨記載されており、本願発明と第一引用例は、分子当り炭素原子三個以上を有するモノオレフィン式不飽和有機化合物、一酸化炭素および水から、触媒として酸性の液状無機化合物を使用して、連続方式で有機カルボン酸を製造するものである点で一致し、ただ、後者には、(1)オレフィン式不飽和有機化合物への供給水のモル比率を一対一より多くなるように規定することおよび(2)反応域内の液体反応混合物を攪拌によつて均質に維持し、かつ反応混合物の組成を恒常にすることが記載されていない点で両者は相違しているけれども、(1)の点は、第二引用例に示されているオレフィン化合物に対する過剰な水の存在が好結果をもたらすという事実から容易に推考できることであり、(2)の点は、一般に有機合成反応を連続方式で実施する際、原料の供給、反応生成物の取出しを調整して反応系の組成を恒常にし、かつ、その均質化を図ることが常套手段であり、また、上記均質化に攪拌作用を利用することは、化学操作上慣用のことであるから、第一引用例に連続方式の処理条件として特に前記(1)及び(2)の点が記載されていなくても、このようなことは、必要に応じて適宜採用できることと認められる。結局本願発明は、第一引用例により公知な有機カルボン酸の製造方法を遂行するに当り、連続方式として既知の操作手段を適用するにすぎないものであり、その間に発明に値する工夫がされたものとは認め難く、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条の特許要件を具備しないものである。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、次の点において違法であり、取り消されるべきである。すなわち、本件審決には、原告(請求人)に対し、拒絶理由を通知して、意見書を提出する機会を与えなかつた違法があり、このような違法な手続に基づく本件審決は、また、違法たるを免がれない。すなわち、本件審決は、本願発明と第一引用例の差異を前項掲記のとおり認定したうえ、その差異の一つである前記(1)の点について、水がオレフィン化合物より過剰に存在することが第二引用例に示されているとして本願を拒絶すべきものとしたが、このように、本願発明は、第一引用例及び第二引用例の記載事項を合せ考えれば、容易に考えられるものであるというような拒絶理由は、審査及び審判を通じて、原告に通知された事実はない。ただ、昭和三十六年八月九日付拒絶理由通知書によつて、審査官は、本願発明は第一引用例及び第二引用例のそれぞれに容易に実施できる程度に記載されたものであるから、旧特許法第四条第二号に該当し、同法第一条の新規な発明と認めることができないと拒絶理由を示し、かつ、同様の理由をもつて拒絶査定の理由としたにすぎない。本件審決は、この拒絶査定の理由と異る理由により拒絶すべきものとしたにかかわらず、原告の意見を徴することなく(原告もこれらの引用例のことは熟知しており、これについては願書に添付した明細書中において言及した)、前記のとおり結論したもので、明らかに、旧特許法第百十三条により準用される同法第七十二条の規定に違反し、取り消されるべきものである。〈中略〉

第三  被告の答弁

被告指定代理人は、答弁として、原告が本訴請求原因として主張する事実は、すべて認める、と述べた。

第四  証拠関係〈省略〉

理由

(争いのない事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二本件審決は拒絶査定に対する抗告審判の請求を成り立たないものとするに当り、予め拒絶の理由を示して意見書提出の機会を与えることをしなかつた事由に基づいて、本願をもつて旧特許法第一条の要件を具備しないものと結論したことは、本件当事者間に争いなく、このような手続による本件審決が違法として取消を免かれないことは、いうまでもない。けだし、旧特許法第百十三条および第七十二条の規定によれば、本件のような拒絶査定に対する抗告審判においては、さきにされた拒絶査定の理由と異る拒絶の理由を発見したときは、請求人に対してこの新たな拒絶理由を示して意見書提出の機会を与え、もつて出願に関する審判の適正を期すべきものとされており、これに違反することは許されないものと解されるからである。

よつて、本件審決にその主張のような違法のあることを理由にその取消を求める原告の本訴請求は、他の点について判断をもちいるまでもなく、理由があるものということができるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(小沢文雄 三宅正雄 荒木秀一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例